NOSE ART WORKS

天駆ける乙女を身に纏った荒鷲
11年間の軌跡

NOSE ARTとは
飛行機の機首部分に描かれた絵の事

落書きの範疇を超えるものではないかもしれない
でも、そこにはその機体に携わった者達の思いが詰まっています
たとえそれがどんな絵であろうと
イベントの特別塗装とは違った願いや誇りがそこにはあります

パイロットも整備員も持てるものをすべてを出して戦う戦技競技会
初めてNOSE ARTを描くことになったのは
「そこにもうひとつ何かがほしい」ということからでした。
以前から描いていたオリジナルのワルキューレをモチーフにデザインを行い
競技出発まで2週間実際に作業ができたのは1週間でした
そこからすべてがはじまりました

戦技競技会で一度も勝つことができなかった11年
「次こそは」という思いでずっと描き続けてきました
作画作業のために飛行機を訓練に使用しないなんてことは一度もありませんでした。
競技のための訓練が終了してインハンガーから翌日のアウトハンガーまでが
NOSE ARTクルーの出番です
もちろんその期間、私達の抜けている穴を埋めてくれている整備の仲間たちのためにも
どこに出しても恥ずかしくないものを描いてきたつもりです

204飛行隊のNOSE ARTは隊員すべての思いがこもっています
私の描いてきたNOSE ARTは目立つためではなく
きわめて内向きな自分たちの気持ちを鼓舞するための
勝つためのパーソナルマーキングなのです

資料の整理がつき次第順次アップしていきます!

 

   

1994年航空総隊戦技競技会NOSE ART
最初のMYSTIC EAGLE。
会場に行かなかった2機も含めて合計7機。
1995年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART
SHOOTING EAGLE。
会場に行かなかった2機も含めて合計7機。
1996年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART
MYSTIC EAGLE II。
会場に行かなかった1機を含めて合計6機。
またデザインのみで終わったもう1機のデザインも公開。
1997年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART
MYSTIC EAGLE III。
新谷かおる氏、笠原俊夫氏、近藤和久氏のデザイン3機に加え
会場に行かなかった2機を含めて合計5機。
1998年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART
MYSTIC EAGLE IV.
永野護氏、出渕裕氏、園田健一氏、貞本義行氏のデザイン4機に加え
予備機1機を含めた合計5機。
2001年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART、
MYSTIC EAGLE VII。
幻の予備機のデザインも含めて合計5機。
2002年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART、
MYSTIC EAGLE VIII  NEW GENERATIONと銘打った新シリーズ。
会場に行かなかった機体も含めて合計6機。
2003年航空自衛隊航空総隊戦技競技会NOSE ART、
MYSTIC EAGLE IX。
2002年にシルエットだったキャラクターをメインにフルカラーで。
会場に行かなかった予備機2機を含めて合計5機。
1991年百里基地航空祭での展示機塗装機。
後の204飛行隊10周年記念塗装機への布石になる機体。
航空自衛隊史上最初で最後とも言われる
1995年に行われた204飛行隊F-15改編10周年記念塗装のすべて。
2004年、航空自衛隊50周年を記念して作られた
204飛行隊での記念塗装機。